初心者の為の三味線の歴史

目安時間:約 11分

日本の伝統楽器と言われている三味線は、

ルーツは日本の楽器ではありません。

 

かなり昔、紀元前まで遡り、中国が発祥だそうです。

三国志でもお馴染みの「奏」の時代にあった、

 

「弦鞀(シェンタオxian tao)」という弦楽器が進化して行き、

「三弦(サンシエン san xian)」という弦が3本の楽器になったそうです。

 

 

その時、胴には蛇の皮が張られていたそうで、ご想像のとおり、

沖縄の「三線」のルーツにもなった楽器が「三弦」だったのです。

 

 

その時から、歌の伴奏楽器として使われていて、

単独で弾かれることはほとんど無かったそうです。

 

 

話は戻りますが、沖縄三線は、14世紀頃、交易によって伝わり、

ほとんど形を変えずに発展したのが「三線」です。(当時は琉球王国)

 

 

三線から三味線へ

 

その三線が、日本へ貿易で伝わり、

徐々に本国仕様へ発展していったのが、「三味線」だそうです。

 

 

その歴史は、約500年。

 

伝統楽器ではありますが、2021年現在、日本は建国2681年で

世界で一番古い国でギネスにも登録されています。

 

 

その歴史から見ると、三味線は、最も新しい伝統楽器といえます。

沖縄の三線は「蛇の皮」を張っていましたが、三味線は

「猫」や「犬」の皮が張られています。

 

 

これは、土地に起因するもので、当時、

手に入りやすかったのが理由と言われています。

 

 

 

 

今でも当時と同じ様に、「猫」や「犬」の皮が張られていますが、

東南アジアの食肉用の皮を使用されています。

 

 

しかし、動物愛護の観点から、近年では、ファブリック素材などを

使用した、「合成皮」の開発が進んでおり、新商品も出てきています。

 

 

 

今も現存する?! 最古の三味線「よど」

 

歴史に詳しい方は「よど」と聞いて「ピンっ」ときたかもしれませんが、

1596年ごろに「豊臣秀吉」の命令で最愛の妻の名を冠した

「淀(yodo)」が、現存する最古の三味線とされています。

 

 

実は、この三味線の形から現在まで作りはほぼ、

変わらずに色んな人に演奏されているのです。

 

 

(イメージ)

 

 

この様に、最初は一般人には到底、手が出る楽器ではありませんでした。

しかし、江戸時代といえば、約260年もの間、平和だった時代です。

 

 

上流階級から、庶民へそして、都市部から地方へと

拡散していったと言われています。そのうえで、面白いのが、

 

 

今も昔も同じで、三味線を弾けると、

異性から「モテる」と習い始める人がたくさんいたとか。

 

 

女性で、三味線が弾けると、上流階級の人達の目に留まり、
嫁げる可能性もあったそうです。

 

 

三味線の文化と盲目の人たち

 

 

諸説あるのですが、

当時「盲官」という目が不自由な方が就く役職がありました。

 

 

その最高位が「検校」(けんぎょう)といいいます。

12世紀頃より、盲人達は、

楽器を演奏して生計を立てる文化があったのです。

 

 

「琵琶法師」という名前をご存知かもしれませんが、

琵琶法師も盲目であり、琵琶を弾いていました。

三味線の「撥」(ばち)は琵琶の撥が小型になった物です。

 

 

津軽三味線は、しばし「伝統芸能ではない」と言われます。
なぜなら、三味線は、本来、舞台の伴奏を奏でる楽器であり、

 

 

厳しい稽古のもと、伝承されてきた芸事ですが、

津軽三味線に至っては、明治維新後、今までの体制が崩壊し、

 

 

「検校」(けんぎょう)も影響を受け、役職を失ってしまいます。

生活する為に、門付(かどつけ)という、人の家の玄関で演奏し、

小銭や食料をもらいながら生活をせざるを得ませんでした。

 

 

時代は変わり、生活をするうえで、自分自身をアピールしなければ
お声がかかりません。また、お座敷とは違い、屋外で演奏をするには、

大きな音量が必須だったのです。

 

 

その為、三味線の胴は大きくなり、棹や糸は頑丈に重く太くなり、

巨大化して行きました。更に、伴奏や前奏では、唄い手に負けじ、と、

独創的な演奏やテクニックで観客を魅了していきます。

 

 

そして、「曲弾き」(曲芸弾き)というジャンルまで確立。
津軽民謡の伴奏とともに、独自に発展して行きます。

 

 

 

 

稽古事として歴史と伝統を重んじる「細棹の三味線」と、
常に最先端を目指す「太棹の三味線」は、似て非なるものかもしれません。

 

 

いずれにしても、明治時代に全盛期を迎えた三味線は、
昭和のバブル期を最後に時代と共に姿を見かけなくなり、

 

 

その数の変動は、1970年頃には年間で18000棹程が製造されていたが、

2017年には年間で3400棹程度しか製造されなくなってしまったそうです。

 

 

三味線より、洋楽が主流になり、自然由来の材料が多く使われる

三味線の原材料の調達が困難になったのが理由といわれています。

 

 

主な材料である「紅木」「象牙」「鼈甲」など、ワシントン条約に

抵触するものばかりで、輸入が制限され、代替えの材料もあるものの、

品質が上まる物が少なく、現在は、国内にある在庫が流通するだけとなる。

 

 

その他にも、「お家制度」「流派」など、良くも悪くも、「閉鎖的」な

仕組みの為、情報が行き渡らず、高齢化時代を迎えてしまい厳しい現状である。

 

 

その一方で、海外の日本文化ブームや、アニメ、漫画などで

和楽器が題材になったり、学校の授業科目になるなど、新しい動きも。

 

 

ベテランにとっては、古い伝統かもしれないが、若い世代にとっては、

新しい楽器や文化とも言える。「洋楽器×和楽器」のロックバンドも

次々に誕生し、注目を浴びています。あなたも時代の潮流に乗り遅れる前に

和楽器の世界に踏み込んでみてはいかがでしょうか。

 

 

 

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しらすてらす代表 小川 真実

 

1973年6月9日生まれ、BMX(バイシクルモトクロス)で
80年代、レースで関東6位入賞 フリースタイル全日本準決勝進出
2000年、ひたちなか市長杯レース3位入賞

 

約30年間、波乗りで4度「死に目」にあいながら海生活を中心にする。

サーフィンを続ける為に、海の近くの路線バス運転士を10年、
その後、何故か車内広告に興味を持ち退社。

勉強時間を得る為、水処理会社へ転職。

 

水処理施設で3年間、休日と夜勤の時間を使い、
マーケティングとライティングを独学しその後起業。

独立を機に呆れられて離婚。自宅を売却。

 

30年続けた趣味を辞め、借り入れなどすべて精算し、
ゼロベースから再出発を決意。
その後、師匠と出会い経営術、お金の使い方を学び、
それまで嫌いだった『経営者』に対する概念が変わる。

 

その後『帝王學』の概念や『日本の歴史』『戦争』に
関する重鎮などに出会い、日本人の精神性、文化、芸能を再認識。

 

同時に、和楽器業界の危機的状況を知り、
『一社日本和楽器普及協会』に加盟。

 

従来の欧米式のマーケティング手法に加え、
ビジネスの仕組みがほぼ、無い和楽器の業界へ
『和の精神』の要素も取り入れつつ、次世代へ繋ぐ為に、

 

日々、津軽三味線に・・いや、仕事に奮闘中。

PCと津軽三味線を持ち歩く『和のセールスコピーライター』

 

座右の銘は、二宮尊徳の
《道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である。》

 

 

 

《業務内容》
・LP 制作・集客導線のご提案・メルマガ代行
・各種業務提携(JV)・和楽器展示会開催
・演奏イベント企画開催・和楽器教室のご案内

 

《業務実績》
・アフィリエイト記事執筆 (実績月商約400万円~)
・自己啓発系ビジネス講座メルマガライティング
・ビジネス英語講座メルマガ執筆
・ビジネス講座用 ASP向け見本記事執筆
・情報商材LPライティングで期間中約100名集客
・通販事業用ツール販売企業LPライティング集客
・ヒーラー、演奏家等、個人事業主向け集客アドバイザー
・事業専属販促アドバイザー (和楽器販売業等)
・飲食、整体、美容、医療関係、などHPの記事製作、他。

 

 

《その他》
・ベル美容外科クリニック医療提携
・一般社団法人日本和楽器普及協会 広報

 

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